大阪高等裁判所 昭和44年(う)480号 判決
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〔判決理由〕よつて、原審で取り調べられた、総ての証拠を検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせると、以下のとおりの事実を認めることができる。すなわち、被告人は、原判示日時ごろ大型貨物自動車(ダンプカー)を運転し、略々東西に通ずる原判示犬上川右岸(北側)道路を旧中仙道方面から、これと略々南北に交差する原判示千鳥橋北詰付近国道八号線との交通整理の行なわれていない交差点に向け西進し、同交差点手前二、三〇米辺において右国道の左右を見たところ、左方国道(全長一六二米の千鳥橋上)には全然車両を認めなかつたが、右方国道七、八〇米辺には同交差点に向け南進中のダンプカー二台を認め、交差点入口に接する同国道東側車道外側線まで五、七米の地点で一瞬停止したところ、右ダンプカー二台もまた右折合図をしながら交差点手前で停止したので、自車に道を譲つてくれたものと認め、先ず左方国道については遠くを見ず交差点近くだけを一瞥して進行車両のないことを一応確認し、次いで右方国道については停止中の右ダンプカーのためその後方の交通状況が見にくいので、その陰から他の車両が進出してくるのを懸念し、専ら右方を注視しながら同交差点を直進しようとして発進、徐々に加速し時速一〇粁位で進行した。ところで、被告人の進行した道路は、幅員約5.3米の直線平坦なアスファルト舗装道路であるが、交差点に向かい扇型に広がつており、左方は犬上川の河川敷、右方もこれと同様低地になつているうえに、交差点手前には国道を見とおすのに障害となる物が全くないから、左方の千鳥橋上をふくめて国道八号線に対する見とおしは極めて良好である。他方同国道は、幅員約八米の直線平坦なアスファルト舗装道路であるが、千鳥橋上はコンクリートで舗装せられ、中間辺がやや高く南北に向かつてゆるい下り勾配になつており、路面には、センターラインのほか両側に0.7米の空地を残して車道外側線が引かれている。そして、被告人の車は、発進後約一一米進行し交差点の中央を過ぎた直後、助手席にいた浅田正男が、偶々国道左方の千鳥橋北詰付近西寄りに、体を左斜めに傾斜させながら交差点に進入してくる被害者運転の原動機付自転車を発見し、とつさに衝突の危険を感じ「バイクが来た」と叫んだので、これを聞いた被告人は、直ちに急制動の措置をとるとともに、自らも左横約7.4米辺に同自転車が急速に接近して来るのを認めたが、これを避けることができず、それより約六米余り進行して停車したが、その寸前被害者は、その発見が遅れてあわてたためかハンドル操作を誤り、被告人の進行方向にハンドルを切り、車体を左に傾斜させ左側ステップで地上を擦りながら被告人の車に向かつて突込んだため、被告人の車の左側前、後車輪間下部に篏入して衝突し、自転車諸共転倒して二米位引きずられ、そのため、その左後車輪でその左頸部付近を強圧し、因つて同人をして頭蓋骨粉砕骨折による脳挫滅に因り即死するに至らしめた。以上の事実を認めることができ、<反証排斥>他に右認定を覆すに足る証拠はない。
そこで進んで被告人の過失の有無について考えてみるに、右のように交通整理の行なわれていない交差点を通過しようとする場合には、自動車運転者としては、交差点手前において予め前方左右を注視し、同交差点に進入して来る車両等の有無を確かめ、もしそのような車両等があつて、それとの衝突ないし接触のおそれがあると認められるときは、その動静を注視し具体的状況に応じてその通過を待つ等して、右危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務のあることはもちろんであり、原判決の説示する注意義務もその限りにおいては固より異論はない。そして、このことは、自車が道路交通法上からみて先行順位にある場合といえども同様である。ところで本件の場合、被告人が交差点に進入するに当つて「左方道路方面よりの交通状況はこれを一瞥したのみで確実に注視せずその安全なことを確認することなく専ら右側の前記停止車両等の方向のみを注視しながら漫然時速一〇粁位で前記交差点に進入国道を横断通過しようとした」ことは原判決の認定するとおりであり、原判決もこの点に被告人の過失を認めているのであるが、その判示内容はやや抽象的に過ぎ、被告人運転の車が如何なる危険な状態の下に発進したのか必ずしも明らかではない。しかしその趣旨とするところは、被告人が本件交差点に進出する際、左方国道を確実に注視していたならば、被害者運転の車が危険な状態で進行して来るのを発見し得たのに、同方向を「一瞥」したに過ぎなかつたためこれを看過したことと、発進後も依然同方面に注意を払わなかつたことを過失としているものと思われる。なるほど、被告人が交差点を通過するに当つて、右方国道はともかく左方国道の安全を十分確認しなかつたのは事実であるけれども、交差点近くに進行車両のないことを一瞥することによつて一応確認しているのであるから、原判決認定のように、右の「一瞥」を直ちに過失として本件事故に結びつけ、その責任を被告人に帰せしめることは妥当でないばかりでなく軽率たるを免れない。すなわち、被告人が左方国道上を一瞥しただけであることに過失を認めるためには、先ずその前提として、被告人の車が発進した時、被害者の車が千鳥橋上のどの辺を進行していたかが問題になる。当時本件交差点付近の左方国道には、進行中の車両がなかつたことは前記認定の事実に照らして明白であるが被害者の車がどの辺を進行していたかを認め得る積極的証拠は記録上存在しない。そうなると、被害者の車の当時の速度から算出してこれを認定するほかないことになるが、同車の衝突直前の進行状況ないし衝突状況によつては、その速度を算出することはできない。また、浅田正男及び被告人が衝突直前被害者の車を見たとしても、それは全く瞬間的のものであるから、これもまたその速度算出の資料となすに由ない。ところが、当審証人大町善五郎の供述によれば、同人は、本件事故発生の少し前ごろ原動機付自転車に乗り、千鳥橋の南方四五〇ないし五〇〇米辺にある犬方交差点で右折すべく一時停止していた折、被害者の車が前方を千鳥橋の方向に時速六〇ないし六五粁位で進行するのを認め、自車も右折し時速三〇ないし三五粁位でそれに追従したが、同車との間隔は忽ち広がり、千鳥橋南詰に到つたころは全然その姿を見失なつてしまつたが、その直後千鳥橋北詰を通りかかつた際同人が本件事故に遭つたのを知つたことが認められるので、この事実に被告人が交差点の手前二、三〇米の地点に差しかかつた際左方の千鳥橋上に全然車両を認めなかつたこと及び衝突状況等を考え合わせると、被害者は、その進路が国道とはいえ当時交通閑散であつたから、事故直前まで前記高速度の儘進行していたことを容易に窺い知ることができるのでおる。ところで、被告人の車が一瞬停止後発進した地点から、同乗者浅田の叫び声を聞いて被告人が左横7.4米辺に被害者の車を認めるまでに、時速一〇粁位で約一一米進行したことはさきに認定したとおりであるから、被害者の車は被告人の車の6ないし6.5倍の速度で進行していたことになるわけである。そうすると、これから勘案して被告人の車が右の距離を進行する間に被害者の車は少くとも七〇米前後進行したものと推認できる。してみると、被告人の車が前記地点を発進したころは、被害者の車は被告人が初めてこれを約7.4米左方に発見した地点からみて、約八〇米も南方の千鳥橋中間辺を進行していたものということができるから、被告人は、発進の際左方道路の交差点近くのみを一瞥しただけではこれをその視界内に認めることができなかつたものと思われる。しかし、被告人が交差点に進入する直前に停車した地点は交差点入口に接した地点であり、再び発進することにより瞬時にして交差点内に入る状態であつたのに反し、被害者の車はそのころ未だ交差点の南方約八〇米の地点にあつたこと、また被告人が被害者の車を発見したときは、自車はすでに交差点の中心線を超えており、その時点においてはその車長(6.75米)に徴し恰も国道を南北に殆んど塞ぐような状態であつたと思われるのに、被害者の車はその南方約7.4米の交差点外にあつたことを考えると、被害者が法規に従つて正常な運転をしている限り、これより先に被告人は交差点を横断し終わることは十分可能であつたと認められるし、道路交通法上からみても、被告人の車は明らかに先に交差点に入つたものとして、被害者にはその進行を妨げてはならない義務があつたのである(道路交通法三五条一項、なお被害者の車は被告人からみて左方から交差点に進入しようとした場合であるけれども、同時に交差点に入ろうとした場合とは認められない本件において、同法三五条三項を適用すべき場合にも当らない)。そして、当時早朝で交通も閑散(原判決は交通頻繁であつたことを前提にしているのは誤りである)であつたこと、現場の見とおし状態からみて、もし被害者が前方注視を怠らなかつたならば、進路前方に交差点があり、すでに対向のダンプカーがその手前で停車していたほか、被告人の車が同交差点に進入しつつあることは十分認識できた筈であるから、被害者としては直ちに速度を調節して危険を回避するか、たとえ高速度で進行していたとしても、直ちに急停車措置をとることによつて優に衝突事故を避けることができる状況にあつたのであるから、それらの措置を講ずべきでありまたそれは可能であつたと認められるのである。しかるに、被害者はかかる措置を講ずることなく進行し、交差点の直前に到つてはじめて危険を感じたものの如く、衝突を避けようとしてハンドルを左に切り斜めに交差点内に突入し、停車直前の被告人の車の左側前、後車輪間に篏入衝突したのであるから、右被害者の行動は、明らかに前方を注視しないで被告人の車の横断しつつあることを認識しなかつたか、あるいは仮に認識していたとしてもこれを無視して暴走し、自らが衝突の危険を招いたものとみるべきである。もつとも被告人においても、交差点に進入するに当つて左方国道の交差点付近を一瞥しただけで、交差点進入後は右方のみを注視しつつ進行していたことは明らかであるが、さきに認定したような状況下で特に危険の予想される事情も認められない本件の場合においては、左方国道から被害者のような異常とも思われる速度で暴走して来ることまでは到底予見し得ないところであり、またその予見可能性もなかつたものというべきであるから、被告人がこれに対処して事故の発生を未然に防止するための万全の措置を講ずるまでの業務上の注意義務があるものとは考えられない。従つて、被告人が右のように左方を一瞥しただけでその後は専ら右方のみを注視し、左方に対する注意を怠つたとしても、特に非難に値するものとは云えない。そうだとすると、そのことを以て本件事故についての過失の責任を被告人に帰せしめることはできない筋合である。むしろ本件事故の発生については、偏に前方注視を怠つたか、あるいは法規を無視して暴走した被害者の一方的過失に基づくものというべく、他に被告人の過失を認めるに足りる証拠はない。(瓦谷末雄 鈴木盛一郎 藪田康雄)